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東京地方裁判所 平成9年(行ウ)64号 判決

原告

旭食堂株式会社

右代表者代表取締役

山下健一

右訴訟代理人弁護士

鳥飼重和

多田郁夫

森山満

舟木亮一

遠藤幸子

被告

麻布税務署長 中田洋

右指定代理人

中垣内健治

木上律子

上中澄雄

池田誠

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告が原告に対し平成五年七月三〇日付けでした、原告の昭和六〇年九月一日から昭和六一年八月三一日までの事業年度分の法人税に係る更正処分及び加算税賦課決定処分は無効であることを確認する。

二  被告が原告に対し平成五年七月三〇日付けでした、原告の昭和六二年九月一日から昭和六三年八月三一日までの事業年度分の法人税に係る更正処分及び加算税の賦課決定処分は無効であることを確認する。

三  被告が原告に対し平成五年七月三〇日付けでした、原告の昭和六三年九月一日から平成元年八月三一日までの事業年度分の法人税に係る更正処分及び加算税賦課決定処分は無効であることを確認する。

四  被告が原告に対し平成五年七月三〇日付けでした、原告の平成元年九月一日から平成二年八月三一日までの事業年度分の法人税に係る更正処分は無効であることを確認する。

五  被告が原告に対し平成五年七月三〇日付けでした、原告の平成二年九月一日から平成三年八月三一日までの事業年度分の法人税に係る更正処分は無効であることを確認する。

六  被告が原告に対し平成五年七月三〇日付けでした、原告の平成三年九月一日から平成四年八月三一日までの事業年度分の法人税に係る更正処分は無効であることを確認する。

第二事案の概要

本件は、被告が平成五年七月三〇日付けでした、原告の昭和六〇年九月一日から昭和六一年八月三一日までの事業年度(以下「昭和六一年八月期」という。)、昭和六二年九月一日から昭和六三年八月三一日までの事業年度(以下「昭和六三年八月期」という。)、昭和六三年九月一日から平成元年八月三一日までの事業年度(以下「平成元年八月期」という。)、平成元年九月一日から平成二年八月三一日までの事業年度(以下「平成二年八月期」という。)、平成二年九月一日から平成三年八月三一日までの事業年度(以下「平成三年八月期」という。)及び平成三年九月一日から平成四年八月三一日までの事業年度(以下「平成四年八月期」といい、昭和六一年八月期、昭和六三年八月期、平成元年八月期、平成二年八月期及び平成三年八月期と併せて「本件各事業年度」という。)に係る法人税の各更正処分(以下「本件各更正処分」という。)並びに昭和六一年八月期、昭和六三年八月期及び平成元年八月期に係る重加算税の各賦課決定処分(以下「本件各賦課決定処分」といい、本件各更正処分と併せて「本件各更正処分等」という。)について、原告が、本件各更正処分等は違法であり、重大かつ明白な瑕疵があると主張して、無効であることの確認を求めている事案である。

一  前提事実(当事者間に争いがない。)

1  原告は、食堂の委託経営、旅館業の経営等を業とする会社である。

2  原告は、昭和六〇年一一月二九日、株式会社つるや(以下「つるや」という。)に対し、原告が所有する「ホテル・ニューアサヒ」(以下「本件物件」という。)を売却した(以下、この売買を「本件売買」という。)。原告は、本件売買の代金額は七億七五〇〇万円であったとし、昭和六一年八月期の法人税について、同額を益金に算入したうえ、別表一の「確定申告」欄記載のとおり申告をし、また、それ以降、右申告を前提にして、本件各事業年度のうちその余の各事業年度の法人税について、別表二ないし別表六の各「確定申告欄」記載のとおり申告をした。

3  被告は、本件売買に関し、原告は申告に係る代金額である七億七五〇〇万円のほかに四億五〇〇〇万円を受領しているとして、平成五年七月三〇日付けで、別表一ないし別表六記載の各「更正・賦課決定」欄記載のとおり、本件各更正処分及び本件各賦課決定処分をした。

4  原告は、本件各更正処分等に関し、平成五年一一月一五日付けで異議申立てをしたが、右申立ては法定の不服申立期間の経過後になされたものであった。

二  争点

本件の争点は、本件各更正処分等が、重大かつ明白な瑕疵のある処分として無効とされるべきか否かであり、この点に関する当事者の主張は以下のとおりである。

(原告の主張)

1 原告は、本件売買において、契約書に記載された売買価格である七億七五〇〇万円以外に、買主のつるやから何らかの金銭を受領していない。本件売買において原告がつるやから別途四億五〇〇〇万円を受領したとする被告の認定は誤りである。

2 国税通則法二四条は、「調査により」更正すると規定し、さらに法人税法一三〇条一項は、青色申告の場合には「その内国法人の帳簿書類を調査し、その調査により当該課税標準又は欠損金額の計算に誤りがあると認められる場合に限り」更正することができると規定している。

しかるに、被告が本件各更正処分等をするに際して原告に対してした調査は、病気入院中であった原告の代表取締役山下健一(以下「原告代表者」という。)を呼び出して本件売買の経緯に関する事情を聞いたのみであって、原告が受領したとする四億五〇〇〇万円について原告の帳簿書類を調査しておらず、被告は右帳簿書類の調査義務を懈怠していた。

3 また、本件各更正処分等は、本件売買における買主の一方的な供述を、その信憑性を吟味することなく採用し、現金の受領に関する信用力のある証拠も存在しないのに、原告が多額の譲渡所得を除外して申告したとの事実を認定してなされたものである。

4 以上のように、本件各更正処分等は、何人の判断によっても誤認のあることが一見して明らかであるから、その瑕疵は重大かつ明白であり、無効というべきである。

(被告の主張)

1 被告は、被告所部係官に本件売買に関する調査を命じ、同係官は、再三にわたり原告に連絡し原告代表者に面接を求めたが、原告代表者は、平成四年六月五日に一度来署しただけで、右の連絡及び面接の要請を無視し、その後の面接には応じなかったものであり、右調査に極めて非協力であった。

2 調査の内容

(一) 被告は、原告の関与税理士江島義幸(以下「江島税理士」という。)に対して本件調査への協力を要請し、平成五年三月二九日に、原告の本件物件に係る固定資産売却益について記載のある伝票の写しを収受した。

(二) 原告代表者は、前記1記載のとおり面接調査に非協力的であったので、被告は、更正処分については期間制限が設けられていること等を考慮し、やむを得ず本件物件の買主であるつるやの代表取締役である佐々木秀美(以下「佐々木」という。)に対する調査を行ったところ、同人は、四億五〇〇〇万円を本件売買に係る裏金として原告に対して現金で支払ったこと、本件売買に関して売買価額を七億七五〇〇万円とする虚偽の契約書を作成したこと、原告は四億五〇〇〇万円についての領収証の作成を拒否したので、支払の証拠として四億五〇〇〇万円の現金を前に原告代表者とともにポラロイド写真を撮影したこと等を供述した。

(三) 静岡銀行熱海支店に対する調査

被告は、つるやの取引銀行である静岡銀行熱海支店に対し、昭和六〇年一一月二九日の本件売買に係る資金に関する調査を行ったところ、つるやは、右同日、右銀行の口座から現金四億五〇〇〇万円を払出し、行員をしてつるやの本店まで運ばせていたこと等が判明した。

3 以上のとおり、被告は、本件売買に関し、原告代表者に面接し、原告の帳簿書類等を確認するとともに、取引先等に対する調査を行った結果、本件売買に係る代金額は一二億二五〇〇万円であり、つるやから原告に預金小切手で七億七五〇〇万円が支払われると同時に裏金として現金で四億五〇〇〇万円が支払われたものと判断して、本件各更正処分を行ったものである。したがって、本件各更正処分に重大かつ明白な瑕疵はない。

また、原告は、本件各事業年度に係る法人税の確定申告に当たって、本件売買に係る代金額のうち四億五〇〇〇万円を益金の額に算入せず、所得金額を過少に算定した確定申告書を提出したものであり、原告の右過少申告の事実は、国税通則法六八条一項に規定する「納税者がその国税の課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実の全部又は一部を隠ぺいし、又は仮装し、その隠ぺいし又は仮装したところに基づき納税申告書を提出していたとき」に該当するから、本件各賦課決定処分に重大かつ明白な瑕疵はない。

第三当裁判所の判断

一  課税処分の無効原因について

課税処分が法定の処分要件を欠く場合には、まず行政上の不服申立てをし、これが容れられなかったときにはじめて当該処分の取消しを訴求すべきものとされているのであり、このような行政上または司法上の救済手続のいずれにおいても、その不服申立てについては法定期間の遵守が要求され、その所定期間を徒過した後においては、もはや当該処分にこれを取り消すべき瑕疵が存在することを理由としてその効力を争うことはできないものとされている。

もっとも、課税処分にこれを無効とすべき瑕疵が存在するときには、当該処分に不服がある納税者は、例外的に、行政上の不服申立前置や出訴期間という制限を受けないで出訴することができるものとされているが、国税通則法等が不服申立前置や出訴期間の制限を設けている趣旨を考慮すれば、課税処分が無効となる場合については制限的に解されるべきであり、それが無効となるのは、原則として、処分要件の存在を肯定する処分庁の認定に重大かつ明白な瑕疵があると認められる場合に限られるものというべきである。

そして、瑕疵が明白であるかどうかは、処分成立の当時において、誤認であることが、外形上、客観的に明白であるかどうかによって決すべきものであり、当該処分要件の認定が誤りであり、かつ、当該認定の根拠として処分庁が採用した資料が一見して明らかに不十分である場合や、当該資料を調査することが不可欠でありそれを欠いては処分要件の認定が著しく困難であるという事情があるのに、行政庁が怠慢により調査すべき資料を見落とした場合等には、外形的、客観的に誤認が明白であるすべきものと解される。

二  前記第二の一の事実に証拠(証人佐々木、原告代表者本人のほか、文中指摘のもの)及び弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

1  本件売買の経緯(甲九)

原告は、箱根に地下三階地上七階建のホテルを建設するため、金融機関四行(商工組合中央金庫、株式会社三和銀行、東洋信託銀行株式会社及び富士銀行株式会社)から合計一〇億円の融資を得て、昭和五三年ころ、その建設に着工したが、完成に至らない状態のまま、昭和五五年ころから元利金の支払を延滞させ、昭和五七年七月ころになって、右金融機関から内容証明郵便をもって一括弁済を促される状態となり、右金融機関と協議をしたが整わなかった。原告は、そのころ、右借入金以外にも金融機関からの多額の借入金を抱えていたので、倒産の危機に直面した(甲一六、一八、一九の1ないし4)。

そこで、原告は、建設中のホテルの売却について有力政治家に相談し、併せて本件物件の売却についての交渉も行ったところ、結局、原告は盛業であった本件物件を売却することにより倒産を回避し、主たる事業である食堂等の飲食業を継続することとした。

原告は、つるやとの間で、昭和六〇年一一月二九日、本件物件についての売買契約を締結し、代金額欄に七億七五〇〇万円との金額が手書きされた売買契約書(甲八の1)が作成された。また、つるやは、右同日、本件物件においてホテルを経営していた旭観光株式会社の株式(以下「本件株式」といい、本件物件と併せて「本件物件等」という。)を、原告代表者ほか五名の所有者から、代金二五〇〇万円で買い受けることとし、その旨の契約書(甲八の2)が作成された。

右の各売買契約の締結は、熱海市所在のつるやホテルに金融機関の担当者も参集して行われ、代金の授受を終えるまで、四時間ないし五時間を要した。

原告は、本件物件等に対する代金として得た右合計八億円のうち、七億四九〇〇万円については、右金融機関からの借入金の弁済に充てたが、右借入金の元利金の金額を返済するには至らず、また、右残余については、静岡相互銀行及び東京国税局に支払った(甲七の1ないし7)。

2  本件売買に関する被告の調査の内容

(一) 原告代表者からの事情聴取(甲九、一四)

被告所部係官山地は、原告に対して、平成四年五月ころから、本件売買について面接したいとの電話連絡を数度にわたって行っていたところ、平成四年六月五日、原告代表者が出頭したので、約二時間にわたって面接した。

その際、原告代表者は、本件売買の経緯につき、原告が箱根に建設中であるホテルについて金融機関からの融資が停止され工事が中断し資金繰りが行き詰まったことが発端となっている旨を説明したが、裏金の存否にかかわる具体的な事実関係にまで話が及ぶことはなかった。

その後、山地の後任である桑原は、原告に対して、平成四年一一月から平成五年三月にかけて、数回にわたり、原告代表者との面接の申し込みをしたが、原告代表者は、慢性肝炎等により体調を崩し入院及び自宅療養中であったこともあり、秘書を通じて右申し込みを拒否した。

(二) 伝票の調査

被告は、平成五年三月ころ、江島税理士に対して、昭和六一年八月期の固定資産売却益の計算根拠及び当該部分の帳簿等の送付を依頼し、原告の本件物件に係る固定資産売却益等が記載された伝票の写しを収受した。

右伝票には、譲渡価額として、本件物件及び本件株式の代金の合計である八億円、売却益として、三億七九九三万六八九八円との記載がされていた(乙一1、2)。

なお、被告は、原告方事務所に赴いて本件売買に関する調査をしたり、他の帳簿類の調査をしたことはなかった(甲九)。

(三) つるやに関する調査

被告は、本件売買に関し、つるやに対して調査を行い、平成五年五月一〇日、つるやの代表取締役である佐々木から事情を聴取した。右事情聴取の内容等は、以下のとおりであった(乙二、九)。

(1) 佐々木は、熱海市の海岸通りを中心に既存のホテル・旅館を買収するとともに、大規模な国際会議場・宴会場の建設を予定していた。

(2) 昭和六〇年当時、右の建設予定地の裏に本件物件が存在しており、いろいろな人物が仲に入ったうえ、つるやがこれを買い取るような状況となったことから、やむを得ず、本件物件等を購入することとした。

(3) 佐々木は、原告代表者から、当初、本件物件等の売買代金として一二億五〇〇〇万円を現金で用意するよう要請された。その後、契約書上は、本件物件の売買価額を七億七五〇〇万円、本件株式の売買価額を二五〇〇万円と表示することとして、右合計の八億円と一二億五〇〇〇万円との差額である四億五〇〇〇万円については本件物件に係る裏金として現金で支払うこととなった。

(4) つるやは、本件物件等の売買代金を、昭和六〇年一一月二九日、つるや社長室において、八億円については静岡銀行熱海支店振出の預金小切手で、四億五〇〇〇万円については現金で支払った。

(5) つるやは、右八億円についての領収証を受領したが、四億五〇〇〇万円については、原告に領収証の作成を拒否された。そこで、佐々木は、右四億五〇〇〇万円についての支払の証拠として、四億五〇〇〇万円の現金を前に、原告代表者とともにポラロイド写真(以下「本件写真」という。)の撮影を行った。

(6) 原告代表者は、受領した四億五〇〇〇万円の現金を段ボール箱に入れ、原告代表者の車で搬出した。

(四) 静岡銀行熱海支店に対する調査

被告は、つるやの取引銀行である静岡銀行熱海支店に対し、昭和六〇年一一月二九日の本件売買に係る資金に関する調査を行ったところ、昭和六〇年一一月二九日、静岡銀行熱海支店のつるやの口座から、預金小切手で八億円が払出されたこと、また、同日、静岡銀行熱海支店のつるやの口座から現金四億五〇〇〇万円が払出されたことなどが確認された(乙六、弁論の全趣旨)。

3  本件各更正処分後の経緯

(一) 被告は、平成五年七月三〇日付けで本件各更正処分等を行った。

(二) 原告代表者は、被告所部係官に対し、平成五年八月一八日、本件各更正処分等に関して電話をし、肝臓を患い入退院を繰り返しており十分な説明の機会がないまま今日に至っているとしつつ、平成四年六月五日の面接時と同様に本件売買に関する事情を繰り返し述べたところ、同係官は、本件各更正処分等の通知書の内容をよく検討するように伝えた(乙七)。

(三) 原告は、被告に対し、平成五年一一月一五日付け「麻布法特第一三二四号通知書に関する異議申立の件」と題する文書を送付し、被告はこれを平成五年一一月一六日に収受した。右文書には、原告代表者は、本件各更正処分の通知を受けた当時、慢性肝炎の治療のため使用していた薬品の副作用のためそれを検討するに耐える体調になかったが、徐々に回復してきたので異議についての面接を希望する旨の記載があった(甲一〇、乙八の1)。

(四) 平成五年一二月六日、被告所部係官は、原告に電話をしたところ、原告代表者が通院のため留守であったため、山田秘書に対し、前記文書について、当該文書には具体的な要望及び趣旨等の記載がないのでこれらを明記した文書を提出するよう求めた(乙八の3)。

(五) 原告は、被告に対し、平成五年一二月二一日付け「麻布特第一三二四号通知書に関する異議」と題する文書を送付し、被告はこれを平成五年一二月二七日に収受した。右文書には、本件売買の代金額が申告のとおりであると記した上で異議申立てをする旨の記載があった(乙四)。

これに対して、被告は、原告の杉田経理部長に対し、右異議申立ては、期間が徒過しているので嘆願書として扱う旨伝えた(乙五)。

(六) 平成六年一二月七日、原告から依頼を受けた上川路税理士が被告を訪れ、六一年八月期に関する更正処分の根拠と原告がした異議申立ての取扱いについて質問をした(乙六)。

(七) その後、原告代表者と被告との間に接触はなく、原告は、平成九年三月一二日に至り、本件訴訟を提起した。

三  検討

1  前記二で認定した事実によれば、被告は、本件売買により受領した金員に関して質問を行うべく原告代表者と面接したが、明確な返答が得られず、また、本件売買に関する原告の帳簿書類を確認するも、裏金の存在をうかがわせるに足りる記載を発見するに至らなかったが、取引先であるつるやの佐々木に対する面接調査を行った結果、同人からは、本件物件等の売買価額は一二億二五〇〇万円であること、つるやから原告に本件物件等の対価として八億円が支払われると同時に、裏金として現金で四億五〇〇〇万円が支払われたこと、多額の現金を前に原告代表者とともに撮影した本件写真が存在することなどの供述が得られ、また、本件売買契約の日につるやの取引先金融機関から右同額の現金の払出の事実があったことが確認できたことから、原告において裏金の受領の事実があると判断し、昭和六一年八月期の法人税の更正処分を行ったものであると認められるところ、右のような資料によってなされた右更正処分における裏金に関する事実認定は、それが誤りかどうかはひとまずおくとして、それらの資料が右事実認定をするためのものとして一見して不十分であり、右更正処分に、外形上、客観的にみて明白な瑕疵があるとまでは認められないというべきである。

なお、原告は、被告が処分時に依拠したとする、佐々木の聴取書及び申述書の内容には信用性がない旨主張する。しかしながら、右聴取書の成立過程に不審な点があることを認めるに足りる証拠はなく、また、本件各更正処分がされた時においては、右聴取書等の内容のうち、つるやの取引銀行からの現金の払出しの点等について、一応裏付けとなり得る資料が存在したことからすれば、被告がその内容に依拠したことにつき、重大かつ明白な瑕疵があるとまでいうことはできない。

2  原告は、本件売買においては裏金の授受があったとする被告の認定は誤認であると主張し、陳述書等(甲九、一二、一三、一五、二五)及び原告代表者本人の供述中にはこれに沿う部分がある。

この点、本件のような処分の無効確認請求において、当該処分が誤認に基づくものであるとして瑕疵の重大性及び明白性が争われる場合には、誤認の事実及び瑕疵の重大性・明白性を基礎付ける具体的事実につき、原告に主張立証責任があると解すべきところ、本件売買において裏金の授受がなかったとの主張とそれに沿う原告本人の供述等の前記各部分は、以下で指摘する諸点において直ちに採用することはできず、結局、裏金の授受がなかったとまで断定するには至らないというほかはない。

(一) 原告は、本件口頭弁論で陳述した準備書面において、本件写真が撮影された事実を否定する主張をしていたところ、本件写真が書証(乙一二)として提出されるや、本件売買の契約締結日に右写真を撮影したことを認めざるを得なくなったうえ、その撮影の理由について、佐々木がマグロの転がしに使う現金を自慢する趣旨で記念写真を撮ったものであるとするに至ったが、右の変遷とその弁解が極めて不自然であること。

(二) 原告は、本件売買が倒産の回避という目的でなされたものであって、売主としては弱い立場にあり、本件物件は買主であるつるやの佐々木の言い値で売却したものであるから、原告の側から裏金の要求ができるはずがないと主張するが、前記二1で認定したように、原告が金融機関から多額の債権の取立てを受け、資産の売却につき政治家に仲介を依頼していたという事情があったことに照らせば、原告側においても、自己に留保可能な裏金の捻出を行う十分な動機があったということができ、売買代金に関する交渉の過程において一つの条件として裏金を要望したとしても、それが必ずしも経験則に反するあり得ない行為であるとまで断じることはできないこと。

(三) 原告は、裏金を受領していない根拠として、本件物件等の売買金額及びそれを原告の債権者である金融機関に返済する際の額の振分けが契約当日までに八億円という額で決まっていたと主張するが、仮にそうだとすると、契約当日において、売買契約書の作成と債務弁済の実務的処理の作業に四時間ないし五時間という長時間を要したとは到底考えられず、また、それだけの時間がかかった理由の一つとして、佐々木と静岡相互銀行担当者との喧嘩があったとする原告代表者の供述は不可解かつ不自然であること。

(四) 本件物件等に関する売買契約書についての原告代表者の供述は、その作成者、作成時点、金額欄が手書きされた経緯、債権者への提示等の点について、極めてあいまいであること。

(五) 原告代表者の運転手であった吉沢光二の、段ボール箱は見なかった旨の申述書(甲一三)の記載は、これを裏付けるに足りる客観的な証拠がなく、たやすく採用できないこと。

(六) 前記二3で認定したとおり、原告代表者は、理由が付記された本件各更正処分等が行われた後、被告に連絡をしたが、直ちに本件各更正処分等に係る異議申立てを行わないでいたところ、仮に、原告が主張するように本件物件の売買価額の認定に重大な瑕疵があるとするならば、原告代表者は、本件各更正処分後において、たとえ体調が思わしくなかったとしても、税理士あるいは弁護士に委任して国税通則法所定の期間内に異議申立てをすることは十分可能であったのに、これを行わず、その後も、本件各更正処分等の無効確認訴訟を提起した平成九年三月に至るまで、何らの正式な不服申立手続をとっていないこと。

3  さらに、原告は、被告が原告に臨場せず帳簿類全般を調査しないで本件各更正処分をしたことは、法人税法一三〇条一項に違反し、重大明白な瑕疵であると主張する。

そこで検討するに、被告が調査した伝票(前記二2(二)で認定したもの)は、本件物件等の売買代金に関する仕訳を記入したものであり、法人税法施行規則五四条にいう仕訳帳の代用となるべきものであるから、右伝票は、法一三〇条一項により被告が調査すべき帳簿書類の一部ということができる。

ところで、法人税法一三〇条一項の規定は、青色申告においては、申告が法令の定める帳簿記録に基づいて適正になされることを前提とし、申告に係る所得の計算が法定の帳簿組織による正当な記載に基づくものである以上、その帳簿書類の記載を無視して更正されることがない旨を納税者に保障した趣旨のものであるから、法定の帳簿書類のうち、更正の内容とは整合しない帳簿書類の部分について調査をせずにした更正処分は、違法なものと解すべき余地がある。

しかしながら、これを本件についてみると、本件調査は、裏金という簿外所得の存在の疑いをもってなされたものであって、右条項が前提とする帳簿書類の適正な記録が行われていないことが予想される個別の取引を対象として調査をした場合であるから、当該簿外所得に直接関係する取引に係る伝票について調査がなされている以上、簿外資産の存在との関連性がありうる他の帳簿書類の調査がなされていないという点は、仮に違法としても、必ずしも重大なものとまではいえないし、これに加えて、昭和六一年八月期の法人税の更正処分の理由において、調査した右伝票の記載内容よりつるやへの確認結果に信憑性があると認めたことを摘示していることにも照らせば、右の瑕疵については、これを重大かつ明白なものということはできないと解される。

したがって、原告の右主張を採用することはできない。

4  また、原告は、取引の一方当事者である佐々木からの事情聴取のみに依拠して原告代表者から十分な事情聴取をしなかったことは、重大明白な瑕疵であると主張する。

そこで検討するに、前記二2(一)で認定したとおり、被告所部係官は、原告に対して、平成四年六月五日に、原告代表者と約二時間にわたって面接したが、本件売買に関して十分な事情聴取を行えなかったところ、その後、平成四年一一月から平成五年三月にかけて、数回にわたり、原告代表者との面接の申し込みをしたが、原告代表者は、いずれも、慢性肝炎等により体調を崩し入院及び自宅療養中であった等の理由により、秘書を通じて右申し込みを拒否していたものであって、このような経緯からすれば、被告において、ことさら原告代表者からの事情聴取を怠っていたものではないから、被告における調査が一見して明らかに不十分とまではいえず、この点に関し重大、明白な瑕疵があるということはできない。

したがって、原告の右主張を採用することはできない。

5  以上によれば、本件各更正処分等には、重大かつ明白な瑕疵があるとは認められない。

四  よって、原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 青柳馨 裁判官 谷口豊 裁判官 加藤聡)

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